万治くらぶ/第241号
万治くらぶ

第241号

2007/08/12

▲作品の周辺散歩(19) 中二階のある山小屋(3)

 1988年の夏に、有子夫人の父親がある理由で山小屋にやってきた。

 ≪女房の父親、つまり僕の義父は、明治生まれの彫刻家である。八十歳を過ぎたいまでも、二の腕の筋肉もなかなかたくましく、現役のバリバリである≫ 『ポ』P160〜161

 ≪彼は大きな銅像もつくるが、六十年来、基本的な仕事にしてきたのは木彫だった≫ 同上

 彼の名前は奥山泰堂といい、彫刻家の団体である創型会の創設メンバーのひとりである。

 広島県北広島町(旧千代田町)には、彼の作品のみ約100点を展示している「たいどう彫刻村」という野外美術館がある。

 ≪ある日、(近所から)彼の元に苦情が来たのである。(彫刻の)音がうるさい≫ 同上

 ≪八十を過ぎるいままで、そんな苦情をいわれたことは一度もなかった≫ 同上

 ≪彼は、嫌気がさしたのだろうか、この二年間は、トンカチを握っていない≫ 同上

 ≪思い切りたたけたらなあ。その話を聞いて、じゃ、山小屋でやったらどうですか、ということになった≫ 同上

 ≪宅急便で送ってもらったクスノキを相手に、彼は、朝から村のカジ屋のようにトンテンと仕事を始める。「うれしいねぇ」そういいながら、義父はトンカチを振り上げる≫ 同上

 ≪それは、端で眺めていても、とても、いい光景だった≫ 同上


 だいたいは平穏無事な山の暮らしのなかで、事件がおこった。仔猫騒動である。

 ≪生後三ヵ月の仔猫を連れていった。(略)ある日、狂信的な猫マニアの妻が仔猫がみつからないと騒ぎ出した≫ 『ポ』P161〜163

 仔猫の名前「スミちゃーん」と叫びながらみんなであたりを探したが見つからない。

 ≪そのうちに、子供が見つけた。仔猫は何が不満なのか、カラマツの大木のてっぺんで鳴いている。それも信じられない高さだ≫ 同上

 ≪どうやら面白がって木に登っているうちに、てっぺんまでいってしまったが、ふと下を見たら、あまりの高さに身がすくんで降りられない(ようすである)≫ 同上

 人間はとても登っていけない。呼べど叫べど仔猫は降りてこられない。

 ≪四時間たった段階でも、事態は、何も進展がない。空はどんよりと曇り、時折、小雨がぱらつき始める≫ 同上

 ≪(永倉)救助隊には、なすすべは何もない。木を切るしかないか≫ 同上

 ≪五時間は経過しただろうか。そのときだ。(略)(仔猫が)少し動き出した。ズルズルと一メートルほど落ちそうになって、また小枝にしがみついた≫ 同上

 ≪狂信派(妻)の声が響いた「ガンバレ!」≫ 同上

 ≪頭から降りかけた仔猫は、頭から落ちる。そうやって少しずつ下に落ちてきた。その間、妻は、必死の形相で、猫を励ます≫ 同上

 ≪かくして、夕闇が、森に降りかけたころになって、仔猫のスミちゃんは「ジャックと豆の木」ごっこの果てに無事、御帰還あそばしたのだ≫ 同上

 めでたし、めでたし。でも、夫人の心配、活躍はよくわかったが、彼はこの間なにをしていたのだろう。


 山小屋での生活も回を重ねるうちに、訪れる人が少しづつ減ってくる。

 ≪何でもそうだが最初は興奮をする。森の中のセカンドハウス。持った当初は、(略)暇さえあれば(暇がなくたって)出かけるだろう。なんたって家は新しいし、庭はじゅうぶんあるし、気分は変わるし、フィトンチッドだってウンザリするほどある≫ 『ポ』P119

 ≪(しかし、)初期狂躁状態が過ぎ、バーベキューにもコケモモのジャムにも飽き、小学校の低学年だったうちはけっこう盛り上がっていた子供たちも、高学年になると塾やら学校行事やらで忙しく、なかなか山の家になど行っていられなくなる≫ 『ポ』P120

 ≪そのうちに、なんとなく足が遠のき始める。けっきょく、八月の旧盆の時期に一週間だけ利用する”セカンドハウス・お盆派”に落ち着くのである≫ 『ポ』P121

 さしもの永倉家の民族大移動も影をひそめるようになる。

 それでも彼ひとりはガンバル。

 ≪いまのところは、元をとらねばの一心で山にやってくる。仕事がたまたま自由業であったこととファックスが普及したことによって、それが可能になっている≫ 同上

 ≪(ただし、)孤独には強い方だけれど、ひとりでいると、つい自分に甘くなる≫ 『ポ』P122

 ≪カラマツ林の緑は濃く、鳥の声も賑やかだ。空気もいい匂いがする。周囲には誰もいない。林の中の切り株に腰をおろして、ビールを飲む。とても旨い。つづいてウイスキーも飲む。体にしみる≫ 同上

 ≪こうして四日目、五日目が過ぎ、カラマツ林に降りしきる雨を眺めながら、今年も僕は、山小屋暮らし一週間目にして、アル中のとば口に立っている自分を発見するのである≫ 同上 (続く)


 写真上は奥山泰堂 作「道標」 武蔵丘陵森林公園内に屋外展示(ネット「So-net blog:Bannの花暦・別館 」より)

 挿図中はカラマツのてっぺんに登ったスミちゃん(?)『サンデー毎日』1988年9月11日号(イラスト・村上みどり)より

 写真上は落葉松黄葉(ネット「嬬恋村商工会ホームページ 」撮影:佐藤重雄 より)


 本号で引用した作品
    『ポ』…『ポワール・ウィリアムスに関する20点と70点の思い出』「わが家の仔猫騒動」
    『ポ』…『ポワール・ウィリアムスに関する20点と70点の思い出』「セカンドハウスの思いがけない罠」


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